Lost Knight
〜迷子の騎士〜

夢を見た。女の人が叫んでいる夢。
涙を流し、綺麗な顔を歪ませて叫んでいる。
あぁ、なんとかしなきゃ。と思う。
けれど体が動かない。
手を伸ばすけれど、届かない。
そっちへ行こうとするほど、自分の体が遠ざかっていく。
『姫!』
姫?誰だ?あたし?



「おはよう。お寝坊さん」
「ん・・・?姫って誰・・・」
「はっ?」
「え?」
目を開くと目の前に幼なじの天宮桜の姿。
「あれ・・・」
起きあがってみると、そこはいつもの散らかりまくった自分の部屋。
女の人などどこにもいない。
夢とわかっているはずなのに、あれは夢じゃないと思っている自分がいる。
すごく、不思議なかんじだった。
「ちょっと。南?大丈夫?」
桜が心配そうな顔でのぞき込んでくる。
「・・・え。桜だ。おはよう。なんで、桜制服着てるの?」
「なんで・・・って」
桜が呆れかえったように溜息をつく。
なにか、自分はおかしいことを言ってしまっただろうか、と考える。
たしか、今日は休日だったはずだ。
「今日は何日?」
桜が溜息混じりに問う。10秒ほど考えて、それでも思い出せなかったのでカレーンダーに
目をやる。
「・・・14日」
「そうね。14日ね。で、今日は何の日?」
「・・・バレンタインデー?」
「今は10月。いっぺん死んで」
そう言って南に背を向け部屋を出ていった。
起きなきゃとは思う南だが体がいうことを聞かない。
上瞼と下瞼が今日はとても仲がいいらしかった。つまり、とてつもなく眠いのであった。
あと3分だけ、と自分に言い聞かせ目を閉じる。
また、夢を見るかな、と思いつつ深い眠りにおちていった。



「信じらんない」
鈴木南は正座をしていた。その目の前には仁王立ちして形のいい眉をつり上げている桜の姿。
実は今日は桜と南の所属している部の大会だったのだ。
桜や南はもうこの大会が終わると引退することになっていた。
そんな桜や南、ほかの部員にとっても大事な試合を南は見事に寝過ごして出れなかった
のである。
「も・・・申し訳ない・・・」
「謝ってすむことじゃないわ」
冷たい一言。当然だ。
部で一番強いはずのしかもキャプテンの南が寝過ごしたなど大問題である。
「も、申し訳ない・・・」
「だから謝らないで。うざい」
はぁーっと長めの溜息を盛大につき、南をギロリと睨む。
「私が起こしに行ったあと、なんでちゃんと起きなかったのよ。信じらんない」
「え・・・えっと・・・」
「私、30分も外で待ってたのよ。私まで出れなくなるとこだったじゃない」
「め、面目ない・・・」
「ちゃんと私、行く前にも声かけたのに起きてこないんだもん。最低」
「す、すまん・・・」
桜の言葉攻撃はとまらない。
見かねたほかの部員が助け船を出す。
「まぁさ、南が朝弱いのはみんな知ってることだし、いまさらどうこう言っても直んないよ」
本人に悪気はないのだろうが、あまりフォローにはなっていない。
「そうそう。まぁ、一応勝ったわけだし、次の試合に備えるってことで。南の今日の最悪の寝
起きの悪さはみんな水に流すってことで。みなさん、よろしい?いい人は拍手!」
桜以外の全員からの拍手。南までつられて拍手している。
少し人目をひくような行動のあと、顧問がゆったりと口を開いた。
「まぁねぇ。みんな頑張ったわけだし。今はそのことよりも次の試合に備えて練習あるのみ
ねぇ。鈴木さんも自分がキャプテンだという自覚をしっかりもって、次の試合に望んでねー」
「は、はいっ。もちろんでございます!」
多少変な口調になりつつ、大声で意気込み桜のほうにちらっと視線を向ける。
しかし、まだ全く桜の気はすんでいないらしく恐ろしいほどの目つきで南を睨んだか思うと
くるっときびすを返し、外へ出て行ってしまった。
南が少し困ったように眉根を寄せているとぽん、と部員の一人が南の肩に手を置いた。
見ると部員全員がなぜかニヤニヤと笑みを浮かべている。
「え、何・・・?」
「旦那ぁ、奥さんに逃げられちまいましたなぁ」
ニヤニヤ笑いながらぽんぽん、と南の肩を叩く。
「奥さん・・・」
「このままじゃ、仲直りは無理かもしれやせんねぇ」
「え・・・。ちょ、何言って・・・」
「かわいそうに、奥さん・・・。旦那の身勝手さに呆れちまって・・・」
「あ、あたしにどーしろと・・・」
「追わねぇのかい?」
ぐいっと南に近寄る。思わず身をひこうとするが肩ががっちりつかまれていて身動きがとれない。
「追うっていっても・・・」
「追わねぇのかい?」
「・・・行ってきますです、はい」
今行っても火に油を注ぐだけだと思うんだけどなぁ、と思いつつ走って桜を追う。
外に出ると非常に心地よい風が吹いている。
桜の姿を探しつつその心地よさに思わず立ち止まって息を吸ってみる。
「ふぅっ」
思えば桜とのつきあいはもう十五年、すなわち0歳の頃からのつき合いとなる。
小さいころから南は桜の手を引っ張って遊び回り、時には危険な地へ踏み込んだりして、
何も悪くない桜と共に二人の両親に叱られたりしたものだ。
それでも桜は決して南から離れていこうとはしなかった。
どんなに怒られても、どんなに怖いめにあっても、どんなに喧嘩しても。
結局はどちらかが折れ、必ず仲直りをした。
今回の南の失敗は桜だけではなく、他のみんなにも多大な迷惑をかけるものとなったのだが、
みんなあのようにお人好しばかりで、誰かの失敗にはとてもとても寛大だ。
いい仲間を持ったと、我知らず笑みがこぼれる。
みんなが多少楽しみながら、桜の後を追わないのか、と南を後押ししてくれたのも多少の
からかいと、多大なる善意からのことだ。
だから、桜に今謝りに行って火に油を注ぐ結果になったとしても、みんな励ましてくれるし、
そのぶん南も桜に許してもらおうと必死になる。
本当にいい奴らだ、自分の部の人たちは。
「そろそろ行こっかな」
いい気分になったとこで気合いを入れ直し、桜の元へ向かうことにする。
もう一度大きく深呼吸をし、桜の姿を再び探し始めたその時。
「こんにちは」
突然、声をかけられた。
自分の前方に見知らぬ少年。
いつからそこにいたのか、いつそこに来たのか全く気配を感じなかった。
漆黒の髪に不思議な瞳をもっている。
自分と同じくらいに見えなくもないが、それよりもっと大人びても見えるし、幼くも見える。
そんな人間離れした少年の突然の登場に南はしばらく声もなく少年を見つめたまま固まっ
ていた。
少年はそんな南を見て、くすくすと笑い出した。
「ねぇ、大丈夫?固まってるけど」
「へぁっ」
その時の南の顔は最高にマヌケ顔だっただろう。少年がさらにくすくすと笑う。
さすがの南も赤面して、ごほん、ととってつけたような咳払いをすると少年に向かってぺこ
りと頭を下げた。
「どーも。こんにちは」
短い挨拶をして顔を上げると少し冷徹そうな笑みを浮かべた少年の顔。
「君さ、なんて名前?」
は?と思わず間の抜けた声が出る。
見ず知らずの少年に、急に声をかけられる筋合いはない。
もしかして知り合いかな、と思いすぐにその考えをうち消す。
これほど印象的な人間を、いくら記憶力がひたすら悪い南であっても忘れるはずがない。
もしかしてナンパかなぁ、と呑気に考える。
少し警戒しつつ、少年の目をまっすぐ見つめてみる。
少年は南が目をのぞき込んでも全く逸らす気配がなく逆にこちらもまっすぐと見つめ返してきた。
「・・・えーと。うん。あれだよ、自分から名乗りたまえよ、少年」
言葉が見つからずとりあえずそんなことを言ってみる。
少年は先ほどと同じ表情で
「ユウヤ」
と短く答えた。
下の名前だけ答えられて、多少の不満を感じつつそれでも答えてくれたからにはこちらも
答えなければというよくわからない義務感があり、ぶっきらぼうに自分の名を名乗る。
南の名を聞くとユウヤ少年は薄く笑いつつ「ふぅん」と気のない返答をする。
「ちょっと・・・。そっちが名乗れって言ってきたくせに、ふぅんってどーいうことだよ?」
その気のない態度にいくらかむかついた南は攻撃にでた。
ユウヤは何を怒っているのかわからない、というように首をかしげ、
「あぁ、何が気に障ったのかはわからないけど、一応謝っとくよ。ごめん」
誠意のかけらも見あたらない謝り方に元々気の短い南は激怒した。
何か一言言ってやろうと少ない語源の中から別段に汚い言葉を選んでいるうちにユウヤ少
年が背を向けて去っていく。
「え、ちょ、ちょっとっ」
ユウヤ少年は南に背を向けたまま片手を上げ、
「またねー」
と言いあっさりと去っていった。
むかつくやつが視界から消えてくれて嬉しいが、悪口を浴びせてやろうとしていた相手にこ
うもあっさりいなくなられると南としては非常に悲しくなってくる事態だった。
どうしていいかわからず、しばらくユウヤ少年が消えていったほうをぼーっと見つめていたが、やがて桜を探している途中だったということを思い出す。
桜を探すべく再び動き出そうにすると
「・・・南?何してんの?」
ユウヤ少年が去っていった方向と反対の方向から桜が小走りでこっちへやってくる。
怪訝そうに眉をひそめ、南の顔をじーっと見つめる。
「何、ぼーっとしてたの?どっか調子悪い?」
まだ声は固く、南を許している気配はないが、ぼーっとしていた南を心配してくれている。
つくづく、いい奴だ。
「あ、うん。まぁ。ね、ちょっと。それより桜、ホントにごめんな」
そう言って南は深々と頭を下げる。
こうやって桜に頭を下げるのは一体何回目だろう。
喧嘩するたびにこうやって桜に必死で頭を下げている。
儀式のようなものになってしまった。
そして、南がこうやって頭を下げると桜は決まって、ハァーっと長いため息をつく。
これも、もう儀式のようなものだ。
「あんたの誠意は受け取るけど、あんたの失敗を受け入れて許せるまでにはえらく時間が
かかるかもしれない。わかってるわよね?」
桜と南の身長差は約10センチあるため、桜は少し見上げるようにして南の目をのぞき込んだ。
うん、と小さく頷くと桜は小さく笑い、ぽんぽんと南の頭を叩く。
「じゃあ、帰ろっか。みんな待ってるんでしょ?私たちのこと」
と言いとことこと一人で歩き出す。
許してない、と言いつつ桜の南に対する接し方は普段通りになっている。
そのことを、たぶん本人は自覚していないのだろう。
くすり、と笑うと桜が怪訝そうな顔で振り返る。
なんでもないよ、と言い南は微笑んだ。
桜は不審に思いながらも前を向いて歩き出す。
いつもの光景。元通りの二人。
これが壊れる日が来るなんて来るはずはない。絶対に。
その繋がりの確かさを確認しながら南はしっかりと桜の後をついて行く。
離れないように・・・。






           2へ続きます・・・。お付き合いいただけたら嬉しいです。
           すみません・・・こんな駄文で・・・。